アフターコロナ〜釣りの話をしよう

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     東京では都庁やレインボーブリッジが赤くライトアップされてしまったようだが、この機会にアフターコロナの生活について考えてみたい。

     日本では圧倒的大多数が都市部に密集して暮らしている。都市部では朝夕は満員電車に詰め込まれ、昼間はオフィスビルに大勢集まって仕事をする。ところがこれががウイルスが大好きな環境だったことが露呈した。世界のどこかで数年おきに疫病が流行していたが、今回の疫病は世界中の人を『当事者』にした。国も会社も個人もウイルスが好む環境を避けようと動いて一旦は落ち着いた。でも流行が収束したら元の生活に戻るのだろうか?それはつまり、また疫病が流行ると巣ごもり、地震や台風に襲われると帰宅すらできない生活に戻るということではないか?

     キーワードの一つにテレワークがある。コアタイムをZoomでつないでおけば会社に集まる必要性も薄くなる。地方は光回線が普及してないところが多いが、無線WiFiがあれば日本全体が選択肢となりうる。首都圏の目ざとい人はテレワークを機会に房総や茨城方面にセカンドハウスを求めていると聞く。でもどうせ都心を離れるなら、思い切って遠くを目指すのはいかがだろう?例えば国立公園と世界遺産の島で温暖な気候の天草とか。

     アフターコロナの新しいライフスタイルに移行して天草に来たら、せっかくだから”釣り”というものを始めてみるのもいいと思う。釣りの話をしよう!

     候補地天草市倉岳町棚底。不知火海に面し、倉岳山のすそ野の扇状地に広がったち〜さな町だ。棚底湾という入り江に面している。海から見るとこんな町だ(撮影場所はこちら)。

     

     

     逆に山の方から湾を見ればこんな感じだ(撮影場所はこちら)。

     

     こんな水鏡のような日は月に数回しかないが、見るといつも心が穏やかになる。上の写真の湾の中央右端に、小さな島が見える。『小島様』だ。詩人の野口雨情が当地を訪れた時『後ろ倉岳前龍ヶ岳、中の小島は浮き沈み』と歌った島だ。小島神様が祀られている(場所はこちら)。船で近くに寄ると、こんな感じ☟

     

     

     もう少し右を見ると、棚底港が見える。下の写真の真ん中より右下、御所浦行きのフェリーが見えているが、家並みと同化しちゃってるでしょ?

     

     

     このように田んぼの下はすぐ海。私の友人のN君は、平日早朝5時半から釣り、7時半に勤めに出て土日は家の畑の農作業、なんて生活を送るつわものだ。でもできちゃうんだね。

     海が近いので散歩がてらに竿を担いで堤防に出掛ける。大人も子供も週末は釣りを楽しむ。これから釣りを始める人はこんなところに見学に行って、話を聞いてみるとよい。子供たちは親切だ。もちろん大人も。他県からの移住者もいるよ。写真は棚底の旭港(場所はこちら)。

     

     

     棚底港の灯台(場所はこちら)のある防波堤はメジナのウキ釣りやアオリイカのエギングが盛ん。夏から秋になると小アジのサビキ釣りが盛ん。真夏にはシーバスを狙う夜釣りの人も多い。下の写真はエギングとウキ釣りの人達(船から撮影)。

     

     

     下の写真はエギングの少年たち(陸から撮影)。

     

     

     釣りの話が出来る仲間が出来ると、「この魚の釣り方はこの人に聞け」みたいなネットワークが出来てくる。好きな魚、好きな釣り方など自分なりの楽しみを見つけている達人たちだ。そんな人の話を聞いていると、堤防では物足りず自分でも海に出たくなる。ゴムボートシーカヤックに乗ってみる。特にシーカヤックは散歩目的でも結構楽しい。ゴムボートは安定してるがスピードが出ないので、免許のいらない船外エンジンを付けてる人が多い。陸から海に舟を出せる場所が少ないのが玉に瑕だ。

     実際に倉岳町ではカヤックやゴムボートで釣りに出る人は多い(と言っても10人いるかいないか)。

      

     

     管理人もカヤックに1年半乗って、それから船の免許を取って船を買った。一言いうなら、魚はイキが命。いくら生きていても仰向けになって何とか生きている状態だと、もはやスーパーの切り身と同じになっている。もし天草でカヤックフィッシングをしてみたい人は、管理人と共に対策を協議しよう(失敗談はきっと役に立つと思うから)。今日も櫓漕ぎ舟が出漁する。

     

     

     倉岳町には櫓こぎの舟で漁に出るプロが2人いる。当ブログでも何度か取り上げたが、どんな人なのか情報を集めてみた。

     倉岳町宮田の海岸でいつも櫓漕ぎ舟で釣っているおじいさん。私の友人が櫓漕ぎ舟で近くに寄って行ったら、スルスルっと舟を動かして離れて行ったそうだ。あるベテラン漁師はその理由についてこう話してくれた。「昔は魚探なぞ無かったもんで、釣れたところと潮時ば徹底的に覚えたもんだ。三角測量の要領で”あの山のこの岩とあの島のあの線が重なったところ”ちゅうごつ。さらに海底の地形ば知るために、糸に鉛ば結んで沈めて”1ヒロ、2ヒロ”と深さば図って回って”ここにどん位の深さの瀬があってどっちに向いとるけんここがよう食う”という風に。家族の食い扶持も子供の学費も手釣り一本で稼いだもんじゃ。じゃっで人が近くに寄って来たなら、ポイントば知られんごつすぐ避けよらした。底ん地形ば覚ゆっだけで2年くらい掛けよった」。ということはコロナ不況と似たような苦しい時期が2年もあったってことか・・・

     ちなみに今は魚探があるので、海底地形図は測量して10分くらいで出来る。しかし91歳で現役で漁に出られる方のお話を聞くと、彼の棚底湾の知識は機械以上の精度を持っているらしい。瀬の姿形まで知り尽くして1m単位で釣れるポイントを特定できる、GPS顔負けのすご技だ。

     漁港にいるだけでいろんな人の話が聞ける。実に面白い。   2020年6月5日


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    プロフィール

    管理人のたかぴーです。2017年、定年を待たず少〜しだけ早く退職して天草に移住しました。東京での生活が正常だと思っていたのが間違いだった。とりわけコロナで過密都市の恐ろしさを実感している所です。ここ天草はWithoutコロナ生活を送れるパラダイス。是非お越し下さい。

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