朽ちゆく魚貫の炭鉱遺構

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     先週天草市の魚貫(これで オニキ って読みます)のフットパスに参加しました。

     天草は最高品質の石炭『無煙炭』の産地として知られ、「石炭の島」として栄華を極めた時代がありました。魚貫は天草の石炭産業を代表する町。遺構が点在する町です。フットパスの募集に『旧炭鉱町の記憶』とあったので飛びついたのですが、フットパス的には石炭は魚貫のいろいろな顔のうちの一つにしか過ぎませんでした。炭鉱遺構に期待していた向きには物足りなかったので、フットパスで行かなかったところは後で独自に訪ねてみました。

     魚貫や牛深の石炭は『キラ炭』と呼ばれ、軍用やコークスの原料としてまれに見る高品質のものだったようです。石炭は恐竜さんたちの時代より前にできたものが一般的ですが、天草の石炭は恐竜さんたちが絶滅したにできた新しい石炭が、マグマの熱によって『備長炭』のように固く緻密に焼き上げられてできたものです。備長炭は火力が強く煙も少なく、これで焼いた串焼きはおいしいですよね。偶然の産物なので埋蔵量は多くはありませんでした。

     最初に坑道を掘削するダイナマイトの保管倉庫。山肌を掘って作った土塁に囲まれた場所にコンクリート製の小屋がありました。”発破倉庫”とか”マイト小屋”とか言われていたそうです。

     

     

     そのすぐ近くに坑道の入り口がありました。『権現山炭礦』とあります。今は入口が完全に塞がれています。二度と入れないように埋めることが『閉山交付金』の条件だったそうです。ここからトロッコが出入りしていたのでしょうね。

     

     

     炭鉱と言えば住宅。炭鉱労働者を全国から集めるわけですから住宅は必須。その面影をしのぶ場所を散策しました。今は名残を留めるどころか、空き地になったり建て替えられていたり。人口減少も著しいそうです・・・

     

     

     岸壁にも当時の名残があります。ここから石炭を積み出ししていたそうです。

     

     岸壁近くにある遺構です。船積みする施設だったんでしょうね。

     

     

     船積み場まで石炭を運んできた施設の、大きな遺構も残っています。聞くとこの遺構は来年には撤去されてしまうそうです。

     

     なんとなく『天空の城ラピュタ』で墓守をするロボット兵が出て来る場面を思い出します。『飛行石をみつけました』(本文はこちら)につながっているように感じます。管理人は天草を『ラピュタの島』と呼びたくなってしまいました!

     

     海にもありました。船を係留する施設だったのでしょうか、海中に鉄の杭のようなのが残っています。

     

     久貫(くぬき)というところにも遺構が残っていると聞いてやって来ました。遺構を探している時、ご主人が炭鉱に勤めていたという方のお話を伺うことができました。魚貫の炭鉱と共に人生を歩んで来られたご夫婦。4年前にご主人を亡くされた奥様は、炭鉱の話は久し振りだったようで、ヨソ者の管理人にいろいろお話して下さいました。ご主人は目を悪くされて現場から労務畑に異動になったこと、全国から流れてくる労務者には体中刺青をした人も多く、浴場でそれを見てからは命令や指示をするのが怖かったと語っておられたこと、以前住んでいた久貫の住宅が解体されて今は藪になったことなどをお話しくださいました。考えてみれば筑豊や三池など九州本土に働き口があるのに、橋も架かっていない離島の天草に来る人ですから、それなりの”訳アリ人”だったのでしょう。でもそれを含めて天草の産業史です。貴重なお話を伺うことができました。

     奥様に教えていただいた、久貫の遺構です。県道の脇にありました。

     

     山の方に分け入ってみました。コンクリートの遺構が見えますが、何かは分かりません

     

     

     このコンクリートの前には無造作に黒いダイヤが転がっていました。先ほどお会いした奥さんのお話を思い出すと、赤の他人の管理人にも「いとおしく」感じられました。

     

     天草には、石炭採掘会社が魚貫を含めて4つあったそうですが、経営上の秘密などで公開される情報は一部だったと思われます。今となっては、当時を知る人は貴重な語り部です。天草には、特に魚貫には生き生きとした当時を知る「語り部」が必要だと感じました。

     フットパスが終わった頃にはまだ高かった魚貫の太陽が、遺構を歩いているうちに色づいていました。

     ここから倉岳までは1時間20分。魚貫は夕日がきれいで有名ですが日没を待たずに帰ることにしました。国のエネルギー政策が石炭から石油に転換されてから半世紀。今栄華の絶頂期にある中東の産油国は、50年後どんな姿になっているのでしょうか。  3月29日


    コメント
    たかぴーさん。こんにちは。
    対岸の施設跡も行ってくださったのですね。そこには坑口やトロッコが通っていた跡なども残っていて、数年前フットパスコースにしようとみんなで草刈りなどもしました。おっしゃるように語り部さんほしいですね。


    時間があったらご案内できたのにすみません。でも、たかぴーさんのブログで天草の魅力発信していただいてるのがホントうれしくて!感謝いたします!
    • T
    • 2019/03/31 2:21 PM
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    プロフィール

    管理人のたかぴーです。2017年、定年を待たず少〜しだけ早く退職して天草に移住しました。東京での生活が正常だと思っていたのが間違いだった。とりわけコロナで過密都市の恐ろしさを実感している所です。ここ天草はWithoutコロナ生活を送れるパラダイス。是非お越し下さい。

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