島津の風を感じて〜牛深久玉を歩く

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     17日の日曜日。天草市久玉町のフットパスの催しに行ってきました。久玉町は天草の南端にある町。管理人の住む倉岳町からは車で1時間15分ほど。でも早く出た分、道中の下浦町でこんな素敵な風景に出会うことができました。昇る朝日、けぶりたつ海。11月から2月にかけて、ここ下浦町では晴れて風がない上げ潮の朝にはこのような海霧がよく見られます。

     

     ”長崎を感じるカフェ”は天草市五和町、下島の北部でしたが、久玉町は南。合併までは牛深市久玉町でした。牛深からは鹿児島県長島へフェリーが一日10便出ていて所要時間30分。すぐ目と鼻の先が鹿児島県という土地柄です。隣の新和町からも鹿児島県獅子島にフェリーが出ていて(関連記事はこちら)、文化的にも薩摩の影響が濃い地域と言われています。

     牛深高校前の駐車場から出発です。

     駐車場前の久玉港の岸壁。漁師のおじさんが大きな籠を船尾に沈めていました。一人が声を掛けました。『籠には何が入っていますか?』『鯛。5キロの鯛』。おじさん『きびなごばやろか?』『本当ですか?』『今獲ってきたばかり』と言って本当にきびなごを1キロくらいくれました。

     

     猫が遠巻きにこちらを見て「おいらにもちょうだい」と鳴いています。次の瞬間、おじさんはきびなごを一掴み、猫めがけて放り投げました。めでたく猫もお相伴。漁師の町の日常の光景なんですね。

     

     人間がもらった分のきびなごは、今日のお昼を作って下さる久玉町の『食事改善推進員』の皆さんにお預けして「おびいて」(きびなごやイワシを手開きすること)いただくことになりました。ありがとうございます。

     港から高台に向かって歩くと浄土真宗のお寺『正光寺』があります。このお寺、真宗のお寺にしては高台にあるし、二重の厳重な石垣の上にあります。いかにも真宗らしくないロケーションです。地元の研究家は、元は海城である「久玉城」の支城か砦だったところではないかと考えているそうです。昔の海岸線が階段登り口の少し手前まで来ていたといことを考えれば、そう思えてきます。いかがでしょう。

     

     階段を上ると正光寺の山門です。竜の彫刻があります。

     

     

     竜の拡大です。表から見たところ。両の翼を広げ、力強く飛翔しています。

     

     裏から見たところです。表と違うデザイン。和風総本家のスゴ技を見た気分です。

     

     お寺を出て久玉城下へ。お城の下にある魚屋さん。安い、新鮮。干物は手作り。

     

     

     『アラ』が泳いでいました。幻の魚だけあって名前は諸説ありますが、アサリカゴの手前に潜んでいるこげ茶の縞々の魚。2kgもない子供のアラです。

     

     久玉城跡に登ります。久玉城は海城です。下の写真の家がある地域は当時みな海でした。

     キリスト教布教を受け入れるか否かで、当時の権力者の

     天草氏の兄弟間で意見が分かれ、弟二人が島津氏の援護

     を受けこの城に立て籠って戦った結果、キリシタン受け

     入れ派の兄が勝って弟達は天草を追われたそうです。

     

     

     城下には島原天草の乱の後に作られた眼鏡橋も残っています。現役です!

     

     お昼の時報が鳴りました。いよいよクライマックス。久玉地区コミセン。出発直後に漁師さんからいただいたきびなごも『食事改善推進員』の皆さんが「おびいて」下さってました。キビナゴのお刺身は鉢で回ってくるので撮影していませんが、さすがに地元のお母さんたち。東京の薩摩料理のお店よりきれいでした。左手前からきびなごの祭り鮨ユズ風味、上にミカン餅、右デコゼリーガネ揚げときびなごのかき揚げボウフウの白和え添え、お椀はアオサときびなごのすり身のお吸い物

     

     「いただきます」。皆が一斉に箸をとります。食べた感想? 一言でいうと『感動』です! 地元の食材が季節ごとに見せる素顔を知り尽くしているから、その季節瞬間の素材の声に耳を傾け、語り掛けられた通りに調理する。これが土地の料理の醍醐味だと思います。”ガネ揚げ”とは拍子木切りにしたサツマイモをかき揚げにしたもので、姿が蟹(天草ではガネ)に似ていることから名づけられた料理です。元々薩摩の郷土料理だったものが長島経由で牛深に伝わったと言われています。ボタンボウフウは別名長命草と呼ばれる、海岸に自生する植物です。ほんのり苦みがあって長生きしそうなお料理でした。

     漁師のおじさんと食事改善推進員のお母さんたちのおかげで、東京や京都の料亭の味に勝るとも劣らない旬を味わうことができました。そして久玉の町の歴史を聴けば、いにしえの町の様子が見えてくるような気がしました。中世の海城は素敵でした。

     今日書いた記事はその魅力の半分も伝えきっていません。”嘘だと思うなら久玉のフットパスに参加してみて下さい!”(マルちゃん正麺の役所広司風に) 2月25日

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    コメント
    たかぴーさん。
    漁師町の日常と消え去ろうとする歴史を記事にしていただきありがとうございます。
    そこに暮らす今を生きる私たちも一緒に歩かせていただき改めて良いなあって思えます。感謝!
    • なっちゃん
    • 2019/02/26 9:46 AM
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    プロフィール

    管理人のたかぴーです。2017年、定年を待たず少〜しだけ早く退職して天草に移住しました。東京での生活が正常だと思っていたのが間違いだった。とりわけコロナで過密都市の恐ろしさを実感している所です。ここ天草はWithoutコロナ生活を送れるパラダイス。是非お越し下さい。

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