イルカの海の東山魁夷ワールド

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     海沿いの国道を天草市五和町のイルカセンター方面に走ると、肉眼でイルカが見えることがある。探す手順は次の通り。

     まずイルカウォッチングの畝が集まっているところを探す。漁師が鳥山を目印にカツオを探すのと同じ。(対岸は島原半島と雲仙普賢岳)

     

     

     イルカウォッチングの船か漁船かを見分けるのは、カラフルなライフジャケットの乗客がいるかどうか。

     

     

     船のへさきが向いている方を見てみよう。近くで水しぶきが上がっている所には黒く背びれも見える。

     

     

     

     

     天草海鮮蔵(場所はこちら)を過ぎて二江方面に走ると左カーブの右側にシュロの木が生えた駐車スペースがある(場所はこちら)。お地蔵様が祀られているのが目印。

      

     

     お地蔵様に向かって左側から下の海を覗くと、巨匠東山魁夷画伯の障壁画のような波の風景が見られる。

     

     

     満潮近くの時間帯に見られる。奈良、唐招提寺御影堂障壁画濤声』(とうせい)のワンシーン(著作権上画像は掲載できないが)を思い出す景色。波と岩が織りなす躍動感をどうぞ。

     

     

     

     

     

     唐招提寺の御影堂は毎年6月6日を挟んで前後3日間だけ開扉される。鑑真和上が苦難の末渡って来られた海に比べればはるかに穏やかな海だろう。でも構図は似ていて思い出してしまう。

     帰りは亀島近くの直売所『わかみや』(場所はこちら)で干物のお土産はいかが?ここのサバの干物は特に美味しいと評判。

       

     

     東山魁夷画伯が天草を訪れたという話は聞かない。訪れて欲しかった。画伯が好んで使ったラピスラズリの”青”は、天草の風景に良く馴染むと思うから。  2020年9月25日


    幸せを呼ぶ青いハチ

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       台風が去った後、日本最小のトンボ、ハッチョウトンボを探しに上天草市の白嶽湿地に出掛けた。昨年5月の渇水の時に訪れて以来だ(関連記事はこちら)。今年は雨が多く教良木ダムも満水、湿地も元気だろうから今なら会えるかもしれない、と思い立って出かけた。

       湿地に着くと先客が写真撮影をしていた。てっきりハッチョウトンボの撮影だと思って「トンボですか?」と聞くと「ブルービーがいますよ」と答えてくれた。「よく見られるんですか?」「結構珍しいです」。へ〜、どれどれ?

       おおっ、ピンクの花に青いミツバチが!

       

       

       滅多にみられないハチだから見られたら幸運、青いハチを見ると幸せになる青い鳥みたいに幸せを運んでくるとか、いろいろあるがとにかく縁起がいいらしい。ブルーのミツバチといった感じでかわいい。和名は『ナミルリモンハナバチ』。漢字で書くと波瑠璃紋花蜂で、古来から日本で珍重されてきた瑠璃色(青色)の縞々が入ったハチということみたい。瑠璃は七宝の一つ、ラピスラズリの色に由来するらしい。愛称は『ブルービー』。5,6匹が忙しそうに蜜を求めて舞っていた。”ぶんぶんぶん、ハチが飛ぶ”。

       ブルーの縞模様に日の光が当たると美しさが際立つ。でも動きが早くてなかなかいいタイミングで撮れない・・・

       

       

       絶滅が心配されている希少種。先日絶滅危惧種のハクセンシオマネキが天草上島に新たな生息地を広げていることを紹介したばかりだが(関連記事はこちら)、同じ上島にまた希少種がいたとは!

       

       

       蜂が集まっているピンクの花は蝶にも人気らしく、見ていて楽しい。ベニシジミ(下)や。

       

       

       ツマグロヒョウモンのオスもいた。他にも大小いろいろな蝶や昆虫がいる。

       

       

       結局この日ハッチョウトンボには会えなかった。代わりにすごく珍しいハチに出会えた。天草は懐が深い。

       

       ハッチョウトンボはいなかったが、こんなきれいなトンボがいた!

       

       トンボについてはまた近いうちにまた取り上げるつもりだ。

       

       帰りの車に乗ったら、フロントグラスにお客様が乗っていた。まるで空中浮遊してるみたい。

       

       

       しばらく待ってみたが飛んで行く気配がないので、乗せたまま車を動かすと

       

       パイロットみたいに前を向いてドライブを楽しんでるみたい。あまり遠くに連れて行くと帰れなくなっちゃうんじゃないかと、途中で車を止めて下車頂いた。するとバッタ君、「キチキチキチ」と鳴きながら飛んで行った。これって「吉 吉 吉」って鳴いてんじゃね? 青いハチのご利益来たねー、「吉 3つですっ!」  2020年9月18日

       

       


      エール! がんばれ絶滅危惧種!

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         天草には絶滅が心配される珍しい生き物がたくさんいる。花なら”ハマボウ”(関連記事はこちら)、鳥なら”カンムリウミスズメ”(関連記事はこちら)、そして”ハクセンシオマネキ”というカニ。このカニは上天草市の永浦島の海岸にコロニーを作っているのがが有名だが、天草市にも5年ほど前から現れた小さなコロニーがある。

         天草市倉岳町と栖本町の境にある阿保(あぼ)地区。ここは鉱泉が出るので、昭和30年代前半まで2件の旅館があったという。鉱泉は微かに硫黄の匂いがして、昔は「たまご水」と呼ばれていた。擦り傷やあせもに効き、今も出ていて地区ではお風呂に利用しているという。

         阿保バス停付近は、旧道の外側の海を埋め立てて国道を通してある。櫓漕ぎの釣り舟をよく見かけるのも、冬場にカンムリカイツブリが渡ってくるのもこの付近だ。国道に架かる阿保橋(場所はこちら)から山の方を見ると奥は入り江になっている。

         

         

         旧道の護岸堤防と昔の橋の断面が見える。昔はこんなに狭い橋だった。

         

         

         集落の方から海を見ると、国道が防潮堤のようになっている。橋の下をくぐって船が出入りできる。地元の方は台風の時に波をかぶる被害があったそうだが、国道が防潮堤になってくれて助かっているそうだ。

         

         

         満潮の時は橋をくぐって海水が入り、山に囲まれた静かな入り江になる。鉱泉は左側の山の斜面から出ている。

         

         

         潮が引くと入り江は干潟になる。

         

         

         橋に近いところの砂地を見ると、白い点がいっぱい見える。よく動く。そして大きなハサミを振っている。ハクセンシオマネキだ。白い大きな扇を振って潮においでおいでしているように見えるから『白扇(はくせん)潮招き』なんだとか。

         

         

         浜に下りて、できるだけ砂を踏まないように遠くから撮影した。人気を感じるとすぐに穴に逃げるが、じっとしてゆっくり10も数えれば穴から出て来る。

         

         

         立派な左手、いや、扇子。

         

         

         小さいやつから大きいやつまでいっぱいいて、見ていると楽しい。

         

         

         以前この入り江を埋め立てて鉱泉を利用した福祉施設やゲートボール場を建設する案が持ち上がったそうだ。但し建設案は全員一致の賛成が条件だったという。結局住民一人が最後まで賛成せず、流れてしまったそうだ。図らずも”憩いの家”計画が流れたお陰で絶滅危惧種がやって来たわけだ。頑張っている小さな生き物にエール! 2020年9月4日


        鬼滅の里は ひなの里

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           各地でイベントが続々中止になっているが天草も例外ではない。そんな中、地元の方の手で実施されている祭りがあるので行ってみた。

           天草市五和町鬼池。昨年取り上げたように、ここには鬼にまつわる地名が多い(記事はこちら)が、もう鬼はいないみたい。それが”鬼殺隊”のなせる業なのかどうか真偽は知らない(たぶん偽)が、鬼池はここ数年「ひなの里」として知られるようになってきた。今年9回目を迎えた『鬼池ひなの会』だ。

           メイン会場のコミセンは旧鬼池小学校跡だが、別会場がある。『引板地区展示場』(場所はこちら)。ここはお薦めだ。コミセンからかなり離れているが、手作り感溢れ、お母さん達のこの催しに対する深い愛情が伝わってくる。こんなショットが撮れる。お雛様と漆黒の板屏風と手毬の素敵なコントラスト!

           

           路線バスのバス停「引板」から旧道に入って30mくらい。途中の民家も縁側に雛飾りを出し、道々に幟旗とお雛様を置いている。地域の賛同を得るには相当なご苦労があったろう・・・ここは良い人が多く住む町らしい!

           

           

           『引板地区展示場』に着いた。若干地味なので見落とさないように。

           中に入るとお茶のご接待。芋の天ぷら、

           茎ワカメの佃煮等地元の方の差し入れ。

           

           

           ドン・キホーテの圧縮陳列を連想するほどのお雛様の数。手作り手芸雛の販売も。

           

           

           左右のお姫様に挟まれたものは何ざんしょ?

           なんとまぁ、フェルトや布で出来た”手芸お重”でした。ク〜〜ッ!

           

           旧鬼池小学校跡にあるメイン展示場。学校跡だけに広い。ゆったりしたお雛様、といった風情。

           

           

           それでも新型肺炎の余波は及んでいた・・・

           

           

           イベントそのものを中止にすべきかどうか悩まれことと思う。ここまで入念に準備してきたのにという思いと感染拡大防止の観点とがせめぎあい。そして出された答えがこの張り紙だろう。皆さんの思いを想うとこみ上げてくるものがあった。来週は桃の節句だが、どうかこのイベントが続いていますように・・・  2020年2月28日


          世界文化遺産を支える出汁の町

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             正式にはユネスコの『無形文化遺産』。これに7年前『和食』が登録されて大いに話題になりましたね。

             その和食を支えるのは”出汁”(だし)。1990年代に和食の鉄人として一世を風靡した道場六三郎さんは「命の出汁」という言葉を使っています。料理のベースとなる出汁には、鰹節や昆布をはじめ色んな素材を使いますが、味に深みを増す”鯖節”や”鰯節”などの一大産地が牛深です。世界文化遺産といえば崎津集落が記憶に新しいですが、ここ牛深も世界遺産に関わる町なんですね。

             牛深で先週開催された『天草牛深 うまみ体感マルシェ』に行って来ました。

             「牛深節?牛深と言えばハイヤ節じゃないの?」

             民謡ではなく”かつお節”の節。鯖節や鰯節など、カツオ以外の節のことを『雑節』と言うそうですが、なんか雑な響きがあってどうかと思っていましたが、『牛深節』はいい!

             漁協で開催された初日のマルシェの様子です。翌日にイベントが集中しているのと冷え込みが強かったのとでちょっと人数少なめ。一番奥にはイベントステージ。

             

             

             色んな“節”があります。

             

             単身赴任で名古屋にいた頃、マンション近くのうどん屋「うえだ」に「当店は牛深産の鯖節を使用しております」と書かれていてうれしかったことを思い出しました。

             出汁と言えば味噌汁。味噌屋も出店。松合のヤマアさん。威勢の良い掛け声で大サービスしてました。

             

             マルシェで食事をした後、せっかく牛深まで来たんだから江戸時代に番所が置かれていた遠見山に出掛けることにしました。

             展望台まで行く途中、赤い鳥居が並んでいるお稲荷さんがあります。正面から見るとこうですが、

             

             横から見ると、もっとたくさんの鳥居が上の方に並んでいました。いったいいくつあるんだろう。すごい!

             

             頂上の手前に公園があって、水仙が咲いていました。

             

             公園の上の展望台。電波塔とかの鉄塔がいくつも立っていてちょっと目障り。

             

             でも眺めはステキです。”出汁の町”が一望できます。長島からのフェリーが入港中。

             

             ハイヤ大橋と下須島方面。

             

             結果として「”出汁マルシェ”をダシにして遠見山に行った」ということになりました。

             2020年2月14日


            麒麟は来た? 戦国の匂い〜棚底城跡

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               今年の大河ドラマのスポンサーはアサヒでもサッポロでもなく、麒麟だそうです。ちょうどドラマの時代、天草では豪族の栖本氏と上津浦(こうつうら)氏が『棚底城』を巡って争っていました。織田信長の父信秀が斎藤道三の稲葉山城を攻めて敗れた1544年から織田信長が今川義元を桶狭間で破った1560年までの争奪戦が、慶應義塾所蔵の『八代日記』に詳細に記載されています。

               天草市倉岳町にある国指定史跡棚底城跡』(たなそこじょうせき)。大河ドラマ放送開始前の1月11日、第7次発掘調査結果の現地説明会に行って来ました。

               集合場所の『倉岳登山道とフットパス案内所』(棚底地区振興会広場:場所はこちら)駐車場に30人ほど集まっていました。背景の丸っこい一番高い山が倉岳山、登山道の白い標識のとんがった先に見えるコントラストがはっきりした小高い丘が棚底城跡です。

              説明会の概略スケジュールと見学の注意を聞いてから現地へ向けて出陣!

               

               棚底城の入り口です。溜池のほとりに石碑があります。石碑の正面が登り口です。

              登り口の矢印の方向に上ります。

               

               

               登り始めて2分で最初の説明ポイント『切岸(きりぎし)』。敵の侵入を防ぐために山の斜面を削って崖にした、中世の山城の典型的な防御構造です。学芸員さん「落ちたら崖の下まで真っ逆さまですから気を付けて!」。僕らの影が長〜く伸びているでしょう? でもまだ昼の一時半なんですよ!

               

               切岸のすぐ上に防御のために掘られた横堀の跡。棚底城の東側には三重の横堀が作られているそうです。

               

               ここは横堀と縦堀がクロスしているところです。

               

               今回の調査対象の西側斜面に移動します。そこには調査のための掘られた穴が公開されていました。色白で若いイケメン学芸員さんが解説してくれました。発掘作業員の方も手伝ってくれました。

               

               今回の発掘は2か所。お城の西側の堀がどうなっていたのかを見極めるための発掘です。地層の時代特定など詳細な分析をされていました。

               

               発掘の際に出土した土師器(はじき)や陶器片です。

               土師器は出陣の際の戦勝祈願で酒を入れて飲んだ後に割るものらしいですが、中には割れてなくて端っこが熱で焦げているものがありました。灯芯を燃やした痕跡で、明りに使ったらしい。ここに戦国の人々の暮らしがあったのです!

               

               平らになっているところを”郭(くるわ)”と呼び、棚底城には尾根伝いにいくつかあります。ここは一番上の郭で、館の柱を立てた穴が発見されていますが調査終了後に埋め戻されています。

               

               下の郭から見た棚底湾です。

               

               もう一段下ると棚底の町と港が近くに見えます。

               

               今回で発掘調査はほぼ終わり、来年度から整備事業も始まるそうです。

               それにしてもいくつも気になる点があります。戦いのための出城だったはずなのに茶の湯をたしなむなど居住していた痕跡があるのはなぜか? 出土したベトナムやタイの陶磁器は誰がどのようなルートで持ち込んだのか? このお城のアイデンティティはどう定義すべきなのか・・・ 今後の研究に期待しましょう!

               

               正直なところ、城跡の草刈りに駆り出されて「こんなところの何が面白いんだか・・・」と思って作業していました。でも今回の説明を聞いた後、印象がひっくり返っていました。棚底城は面白い! ”ロマン”じゃなくて、戦国時代の人々がそこに生きていたという事実。そして何より、その時代の匂いが漂っていました!  2020年1月17日


              忽然と姿を消す神社

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                 天草市の”旧本渡市街”から上島に向かう瀬戸大橋。橋の真ん中の直線(このあたり)では正面に山があり、山頂近くに鳥居と神社が見えます。「ああ、あそこね!」

                 天草工業高校近くの跳ね上げ橋『赤橋』からも見てみました。

                 

                 

                 瀬戸大橋の上では、車を止めての撮影はできないから、撮影するために徒歩で橋を上りました。ところが・・・

                ありゃ?神社がない!

                 ありゃりゃ?どこ行った??

                 そんなバナナ・・・肉眼でちゃちゃっと見つけることができません・・・消えた??

                 

                 その日の午後、瀬戸大橋の下のバス停から撮影しました。神社が現れた!

                 

                 これは光のいたずらでした。午前中は東からの光で神社が影になって見えにくく、午後は順光で白い社がくっきりみえるのです。勝手に「天草の七不思議」に入れることにしました。

                 

                 わざわざ撮影のために橋に上った甲斐がありました。橋の上で”ミサゴ”が出迎えてくれました。

                このミサゴ、一昨年からこのあたりの街路灯に留まっていたりホバリングしたりしている姿を見かけてましたが、至近距離で撮影できたのはきっとお年玉です!  2020年1月10日


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                プロフィール

                管理人のたかぴーです。2017年、定年を待たず少〜しだけ早く退職して天草に移住しました。東京での生活が正常だと思っていたのが間違いだった。とりわけコロナで過密都市の恐ろしさを実感している所です。ここ天草はWithoutコロナ生活を送れるパラダイス。是非お越し下さい。

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